大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和33年(ラ)270号 決定 1958年7月10日

抗告人 永松静雄

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告人(債務者)は、「原決定を取り消し、更に相当の決定を求める。」との裁判を求め、その理由を別紙添付の抗告の理由と題する書面記載のとおり主張した。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

第一、債権差押をなす場合において、差押えられるべき債権額を減額することができるのは、民事訴訟法六一八条の二の準用する同法五七〇条の二の規定により、(一)差押により債務者が生活上回復することができない窮迫な状態に陥る恐があること、(二)債務者が誠実で債務を履行する意思があること、(三)かつ、この減額により債権者の経済に甚だしい影響を及ぼさないと認められる著しい事由があることを要することは明白である。そこで以下抗告人の本件減額の申立が右の要件に該当するかどうかを検討する。第二、抗告人が本件債権差押によつて生活上回復することのできない窮迫な状態に陥る恐があるかどうかについて考えて見る。本件記録中の抗告人提出の診断書、その他の書面の記載によると、抗告人は東京都立清瀬小児療養所に勤務している者であるが、昭和二七年頃から肺結核症にかゝり、じ後三年六ケ月間にわたり自宅治療を続け、その間勤務ができなかつたため、当初の三年間は給与全額の支給を受けることができたものゝ、その後の六ケ月間は右給与の半額の支給を受けたのみに過ぎないので、右治療期間中の抗告人の生活は妻子を抱え相当困難であつたこと、抗告人は前記小児療養所に食養係長主事として復帰勤務でき得たものゝ、現在も肺結核症は治癒に至らず、軽勤務にしか従事し得ない病状にあつて療養に努めなければならないし、かつ妻子三人の扶養家族を擁しているので、その経済生活において余裕のあるものとはいえないことは十分に推認できるが、進んで抗告人主張の、本件差押がそのまゝなされるときは、抗告人は前記治療期間中における借財の返済に追われ、又療養のための服薬の継続も不可能となつて将来病勢悪化のため再療養の恐れもあり、従つて最低生活を現在維持して行くことはできないとの点については、これを認めるに足る証拠がない。却つて抗告人提出の給与証明書によると、控告人は昭和三三年四月当時において第三債務者である東京都から給与として、本俸金一八、三〇〇円、扶養手当金一、六〇〇円、暫定手当金三、六四〇円、合計金二三、五四〇円を受け、控除金として所得税金二五〇円、納付会二六六円、健康保険料金三二二円、共済組合費金二七円、合計金八六五円、差引一ケ月金二二、六七五円の支給を受けており、従つてその四分の一、即ち金五、六六八円七五銭について本件債権差押及び取立命令を受けるときは残金一七、〇〇六円二五銭は差押えることのできない債権として第三債務者から支払を受けられる状況にあることが認められ、又抗告人提出の別紙抗告理由書によると、抗告人には毎年一回昇給が原則としてあること、抗告人の昭和三三年五月当時における給与総額は金二四、七四〇円、所得税、納付金、健康保険料等の控除総額は金一、〇四八円であることを自認しており、そうすると右日時における差押えの許されない債権として抗告人は一ケ月金一七、七六九円を受領し得ることは計数上明白であり、右受領し得る金額も逐年昇給に伴い原則として増加して行くことが認められる。以上認定事実からすると、抗告人も現在の収入では十分な生活は望み得ないが、六月、一二月には勤勉手当もあり、その四分の三は支給を受けられるのであるから、これを合算すると相当額となり、本件差押によりその生活が回復すること能わざる程度に窮迫する状態に陥るとは認め難い。

第三、抗告人が誠実で債務履行の意思があるかどうかの点及び本件差押金額の減額により債権者の経済に甚だしい影響を及ぼさないと認められる著しい事由があるかどうかの点についての判断は、前者につき次の事項を付加する外、原決定の説示が相当であるから、これを引用する。

本件記録によると、債権者を申立人とし、抗告人外一名を相手方らとする豊島簡易裁判所の和解において、(一)相手方らは申立人に対し連帯して昭和二八年三月末日を第一回とし申立人が再婚するまで毎月金七、〇〇〇円宛を毎月末日限り支払う。(二)相手方(抗告人)は申立人に対して勤務先から受領すべき賞与等の二分の一を交付すべき旨の条項が成立したのにかゝわらず、抗告人は原決定理由中に記載のように少額しか送金せず、又抗告人は別紙抗告理由書において、毎年の抗告人の昇給に伴い差押金額も増加して行くことになるが、かくては抗告人の勤務意欲は著しく減退する旨述べているが、抗告人は債権者との間に成立した右和解調書の趣旨に従いその債務を一日も早く履行することに努力すべきであるのに、今もつて抗告人が右のごとく主張しているところからみても、抗告人において誠実に債務を履行する意思を有しておるものとは認め難い。

第四、以上のとおりであつて、抗告人の本件差押金額減額の申立は、現状においては未だ容認するを適当としないから、右申立を棄却した原決定は正当であつて、本件抗告は理由がないから、これを棄却すべきものとし、主文のように判決する。

(裁判官 二宮節二郎 奥野利一 大沢博)

(別紙)抗告の理由

本件について昭和三十三年三月十三月債権差押命令がありましたので差押金額軽減の申立を東京地方裁判所民事部宛に提出いたしました処、昭和三十三年(ヲ)第五二三号をもつて棄却の決定がありましたが、決定理由書に依りますと、債権者の主張は充分考慮されて居る様ですが、債務者である申立人の申立は、現在の状況のみを考慮し、過去の三年半にわたる病気欠勤期間中の事については全然考慮されて居りませんが、申立人はこの三年半の期間中医師より再三入院加療をすゝめられたのでありますが自宅療養を続け乍ら妻と共に内職による零細な収入と妻の実家よりの援助を受けつゝ債権者に対し毎月約束金額は送金を継続して居つたものであります。この期間中の送金の事実により借財は嵩み、殊に最終の六ケ月間は給与額は二分の一となり、加うるに給与が健康保険組合よりの見舞金に切り替えになつたため、支給期日も遅れ当時の困窮状況は想像以上のものがあつたのであります。

勤務復帰の後もこの当時の借財の返済に追われ現在迄最低の生活に甘んじて参つた次第でありますが、この期間中でも僅かではありますが時々送金して居つたのであります。

然し乍ら、毎月給与額の四分の一を差押えられます事は前述の事情のほか、申立人の病気治療のための服薬も継続不可能となり病情悪化再療養を致さねばならぬ事態に立到る事も想像されまた、現在の家族構成よりしましても非常な苦痛であり、生活を維持して行く事が不可能となります。

現在給与総額二万四千七百四拾円の中、六千弐拾三円を差押えられ更に所得税、納付金、健康保険料等壱千四拾八円を控除されて居るのであります。

尚、このまゝ推移いたします時は、毎年一回昇給があるのでありますが昇給するに伴い差押金額も増加して行く訳でありまして、これでは申立人の勤労意慾もいちじるしく削がれ、子弟の育成教育にも影饗いたしますので、給与額の四分の一を差押える事を改め、現在額を減額の上、毎月定額に切り替えることに決定して戴きたい。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例